テェコ   オーストリア   ハンガリー
Czech Republic, Austria, Hungary

 2004.8.27−9.3

  新しくEUに加盟した国を訪問したくて、中欧 のパック旅行に参加した。英語があまり通じない国なので、ガイドにたよった。

   テェコ Czech Republic

プラハは街が400年前、500年前の建物を大切に保存しようと大変な努力と、お金をつぎ込んでいた。 観光客には、おとぎの夢の世界、きれいで楽しい。
社会主義国から 資本主義国に変わってまだ15年、サービスはまだまだのところがある。入国して、空港からホテルへのバスが、止まってしまう。長い飛行機で疲れているのに、いやだなと思った。ガソリンがうまくエンジンに送られない、との説明。5分ほどで発車、後500メートルでホテルというところでまた停車。すぐ発車、ようやくホテル。これが観光客でいっぱい。ロビで待たされ、1時間してようやく部屋に入れた。部屋は大変広く快適。これで待たされなければ、最高。翌朝、バイキング形式の朝食、あまり品数はない。ジャガイモ、中心。でも、期待して、観光に出発。
ガイドさんは、現地の人、日本語がうまい。ユーモアもあり、楽しい方。お城に着くと、さらに別のガイドさん。丁寧だ、仕事が無いのか、日本人観光客は良いお客様なのでしょう。500年前はナイフ、フォークは使わず、手づかみだたそうです。すずの食器。
 ボエミア地方のシュテルンベルグ城。ずいぶん田舎に来た感じ、山の中、外見は良くない。でも中は、結構興味がわいてきた。
この椅子は新しく200年ぐらい前のもの。
狩りは貴族の遊び、運動、鉄砲やピストルがいっぱい。お城の中は専用のガイドが説明し、チェコのガイドが通訳する。

ピストルのコレクション。

男性の部屋、女性の部屋とかおもしろい。

左、お城内部、狩りの部屋。興味深いのは、使用人用の通路が造られている。大きな部屋は、そこを通過しないと次の部屋にいけない。使用人は、裏道から、料理を運んだりする。なるほど。

右、プラハの街、中世の古い街並みがそのまま保存されている。

プラハ城の高台から、旧市街を眺める。

プラヘの旧市街。旧役場。司教の館。大変古い 600年、700年、1000年前の建物も。 石の建物は戦争で破壊されても、全部壊れることはなく、外壁を手入れすると復元できる。宗教が変わって、塗り込められた壁画が 再び、よみがえる。日本と全く違う。複雑。
バスは 街の中には入れず、徒歩での見学。疲れる。

宮殿の一つ。名前が不明。

右、大司教の館。街の真ん中。宗教の重要さがうかがわれる。
幾何学模様が当時の流行とか、石を積み上げたように見せているのだそうだ。実際は、書いた絵、模様です。
旧市街、全景

時計台前の広場、観光客、人人。

500年前の仕掛け時計。 12使徒が扉の中で次々に現れるだけ。人形が少し動く。
 前には観光客がいっぱい。午後五時。期待したほどではないが、500年前だからと納得する。
午後、ずっと歩いて観光、結構つかれた。

翌朝、は移動日。バスでオーストリアへ。途中、観光はある。

チェスキークロムロフ。オーストリアに近いチェコの美しい街。テェスキーとは「テェコの」と言う意味だそうだ。すぐオーストリアとの国境だから。

高台のお城の入り口。
右、お城の中庭
裏側から お城の全景。保存工事中。
もうすぐ、オーストリア、テェコのお金「コルナ」を使ってしまわなければならない。ここでは、もうユーロが使える。財布は3つも使って、コルナ、ユーロ、円と区別が忙しい。つい、無駄にお金を使ってしまう。
クロムロフ城では 熊をかっていた。そんな記録があるそうだ。日本では考えられない。

                               

 オーストリアへ Austria

小さな国境の検問所。40人の日本人観光客乗りバスでは、係官がバスに乗り込んで来て、パスポートを確認するだけ。一人、2−3秒。チェコ側、オーストリア側とも同じ。ハンガリーに入国の時は、入国スタンプを押された。団体がいくつも来ていて、トイレや両替が忙しい。特に女性は、トイレ待ちで大変。トイレの数もすくない。
ウィーン、シェーンブルン宮殿。マリア、テレジア。マリーアントワネット。ナポレオン。モーツアルト、いろいろ登場したところだそうだ。大変きれい。パリのベルサイユ宮殿をまねしたそうだ。マリテレジアやマリーアントワネットは子沢山で15人とか16人とか。いつも妊娠していたそうだ。大変だったろうに。王妃が子沢山とは珍しい。
右、観光用の馬車。ガイドさんがこの馬について、動物虐待で反対運動が進んでいる、との説明あり。オーストリアは、動物虐待とかにうるさいようだ。日本人のガイドさんが個人的にかな?元気のある、楽しいガイドだった。
ウィーンには、音楽家の銅像が多い。これは、ヨハンシュトラウス。

シュテファン寺院。ウィーンの目印。

右、モーツアルト像
 これを探してうろうろして疲れた。どこも行けなかった自由時間。疲れて、ホテルに戻り休憩。夕食に4時頃、早めに町中へ、キャフェテリアのお店で夕食。同じグループの人ちらほらいた。ここで粘って、そのまま、コンサートホールへ。

ケルトナー通り。おみやげ、娘のネックレスを一つ。ウィーンは都会、他の大都市と同じ。物価も高い。日本よりは安いが。ハンガリー、チェコはずっと安かった。
右、観光客向けコンサート。モーツアルトが昔,演奏した100人程収容のホールで。楽器、オペラ、近くで迫力。満足。バレーまでついていた。49ユーロ。皆、本格的でよかった。私たちの団体からのお客が10人程度、そのほかは、少ない。
 ガイドの紹介、当日で簡単な割に、内容も悪くない。やはり、日本人は金持ちなのかな。

     ハンガリー Hungary

オーストリアからハンガリーに入ってすぐの、ドナウベントのエステルゴム。ハンガリーのガイドが来ていた。日本人。ハンガリーも資本主義にかわって15年、まだまだ。ガイドさん、物価があがり、税金が増えて大変だとこぼしていた。
カソリックの大聖堂がある。その教会の倉庫が今は、レストラン。団体が何組も、200人から300人は収容できそう。
 昔は、塩、小麦、ワインなど保管してたそうだ。教会は、生活、商売も牛耳っていたのか。しらなかった。レストランとしては、風格もあり贅沢な印象。しかし、食事の内容は、ジャガイモ中心でおいしくない。評判が良くない。日本人は口がこえてる。

大聖堂のドーム。

芝生の下が倉庫、レストラン。

ドームの内側、田舎にしては、規模が大きい。

ドナウベントのもう一つの町、センテンドレ。田舎のほんの小さな街。きれいではある。

広場わきのレストランで休憩。アイスが安い。 ちいさな街だが、ウィーンからブタペストへの通り道に近い。観光客は多い。歩いて観光するのに丁度いいのか。刺繍などの作品がおみやげ。安いが使い道が限られてる。

ブタペスト Budapest

ブタペスト。夕方、ホテルにについて、すぐ近所のスーパーへ。ガイドさんが、日本人はスーパーがすきだから教えます。と紹介してくれた。7ー8人は別々に、ぶらぶら、スーパーにでかけていた。ものは種類も少ない。価格は大変安い。ハンガリーの通貨、フォリントをつかってみる。ビスケット、飴等を買った。飴(ヌガー)がおいしかった。

ブタペスト観光、 英雄広場

   ブタペストに泊まって、さあ観光、朝は元気で、気持ちよく観光できる。

聖イシュトバーン大聖堂。街のど真ん中。初代ハンガリー国王、イシュトバーンの教会。国王の右手が保存展示されていた。黒い物体としか見えない。
 古い建築の修復はなされているが、お金も無く、そのまま放置されている建物もおおい。町中でも、それがきわだっていた。欧米の資本が入った企業の関係したビルはきれいに修復されていた。それに、この寺院のようにごく限られた有名建築物だけは、きれい。

王宮の一角、漁夫の砦、おとぎの国のとんがり屋根、。

右は、マーチャーシュ教会、ゴシック様式の80メートルの尖塔。小さいが内部は豪華。
王宮の高台から、国会等の街を見下ろす。
ブタペストの中央市場
最後の夜は ジプシーの踊りのレストラン。お客を楽しませてくれる。ウィーンと比べると素人くさいが。JTBの団体もう一組が一緒。プラハ以来の再会でした。わざわざ、遠い席から挨拶に来てくれた。70歳の元気な方。バイオリンを演奏しながら、客席を回ってくる。私たちは、いちばん前、5ユーロのこって居たので、チップをだした。前の若夫婦は、残金が無いのか頭をたれて、ひたすら我慢していた。奥さんが、くる前から、ブツブツ言っていた。旦那がかわいそう。

最後の朝、出発が遅いので、ホテルの近所を散歩。車は古いのも多い。まだ少ない。
ホテルの近くの小学校。7時には子供が登校してきた。カバンが重そう、今、問題になっているとガイドさんが言っていた。建物は大変立派。
 近くに、スズキ自動車の販売所もあった。