シルクロ−ド SILK ROAD(Chaina)


   2005、7、28−8.4

 ○ 友人との約束で 評判が良くない 反日デモがあった中国に出かけた。
 ○ 日本人が少なく、丁寧な待遇を受けられた。パックが客は2人だけ。ガイド等(スルーガイド 1人と現地ガイド1人に運転手1人)が3人。移動はワゴン車。

北京経由で西安へ。 Xian 西安から敦煌Dun huangへ 砂漠の上 あこがれの敦煌Dun huang
のろし台 陽関 Signal fire 敦煌の田舎料理、とても品数が多い。 鳴砂山へ行くところ。
のろし台の向こうに続く長城。
2000年の昔の物。漢ののろし台と長城。砂漠をバスで走って、ようやく到着。実感あり。great wall
玉門関。Barrier,大きさ、縦横24MX26M.
西域に出る人、西域から入る人、どちらも必ずこの関所をとおった。税金を納めた。
ソロク(疎勒)川の近くにある。
玉門関の内側。小さなもの。
鳴砂山。風や多くの人が歩くと、ごうごうとうなる。sand and camel ラクダで散歩。ゆったり乗り心地はいい。 観光用のラクダがいっぱい。片道15分の短いコースでした。
敦煌 莫高窟。なにしろ数が多くて。疲れた。中は広い物もある。Dun huang,grotto ,
over 400。
96窟、九層楼、なかが広い。高さ43メートル。大仏の高さ34.5M。唐の物。見上げるのに首が疲れる。
17窟 あの有名なたくさんの蔵経洞、教典がたくさん発見された所。西夏時代の像もある。
 未訂正
市場
まだ調査。公開されてない洞窟。川のそばの断崖にあるのが解る。
ウルムチの市場で。ウィグルのお菓子。八仙果。クルミと飴といろいろ。甘すぎる。sweet cake of Tulufan
 博物館がまだ開いてなく、時間の都合で行った市場、面白かった。
 紅茶、最高のもの買ったが、美味しくない。
ホテルでメイドにあげた。
ウルムチWulumuqiからトルファTulufanへの高速道路。ズット下り。風力発電の風車。道路はいいが、トイレが残酷。wind mill for power generation
トルファンのオアシスホテル。ウィグル人が多い。美人が目に付く。Oasis hotel in Tulufan
欧米人も目に付く。
葡萄並木の大通り。地面が大理石。
colonnade of grape
葡萄干(putaogan)中国語の干し葡萄
ウィグルの踊り。素朴で美しい。ベリーダンスもあった。トルコに近い。この、ベリーダンスは最高の出来だった。録画に失敗。残念。 高昌故城。漢時代から1000年にわたって、繁栄した城跡。今は、荒涼としてる。広さ200万平米。周囲五キロメートル。ruin of castle
一つ一つの穴に絵が残っている。 アスターナ古墓群。中にミイラがないげなくおいてある。乾燥した気候が可能にしている。
 私は、ここで疲れて腹具合が悪く、一つ見学をパスした。
火焔山。気温45度。山が燃えているような赤茶いろ。メロン(甜瓜、tiangua)が美味しかった。20元(300円)
ベゼクリク千仏洞。火焔山の山中の仏教石窟。外国人探検家によって、ほとんど持ち去られた。仏像、絵画が少し残っている。残っている物は、莫高窟で見た作品よりよかった。 カレーズ。地下の水路。はるか天山山脈から50キロも流れてくる。罪人の労働。総延長1200キロにもなる。現在も使われているものも多い。葡萄などの農業用。飲料水。 上を見上げている。カレーズの縦穴。
馬車が現役で活躍。carriage。近くの農家で休憩。そこの女の子(ケザナ)さんが踊ってみせてくれた。写真がだめでした。 蘇公塔。トルファン郡王スレイマンが建てた。新彊イスラム建築。temple タイルで作った模様が美しい。高さ44メートル。
トルファンのオアシスホテル。ウィグル語表記。 entrance of hotel
ウルムチ空港。新しい空港。ulumuqi airport 華清池、毛沢東の直筆長恨歌が有った。
華清池にあった、ひらがなの日本人の書。 兵馬よう、 全部で6000体とは、想像を絶する。 修復の進行中。周りの建物が立派になる。
数に圧倒される。力の大きさはいかばかりか。 せん西歴史博物館。殷の釜、museum of 秦の始皇帝陵。まだ発掘してない。王墓の建設に70万人の労力を動員した。
せん西歌舞大劇院の踊り。食事をしながら、鑑賞できる。ロンドンから来た夫婦と相席。
これから日本にも行くと言っていた。
ホテルの近く、大雁塔、まわりが公園になった。
最近の中国
 反日デモで日本人観光客が減って、見えてきたものがあった。 どこでも、日本人向けお土産が売れず、苦労している人々がいた。
 日本語ガイドも同じ苦労を背負っている。出かけた日本人の私たちに、文句を言うガイドもいた。お店の店員はさすがに、文句は隠して、にこやかに、対応していた。
 これは、社会主義経済では有るが、お土産屋さえ、独立採算の厳しい制度がしかれているためか?絨毯工場の経営に携わる若者が社員の給料が払えない、と悲痛な叫びを発していた。このような現状を幹部も知らないわけはなく、観光客を戻そうと、必死になっているのだろう。ひどいのは、日本のマスコミが悪いと、逆恨みさえ見られる。どうなるでしょう。
 時間がたてば、自然に、戻ってくるのでしょうか? 
新彊ウィグル自治区博物館の日本語ガイドの孫明さん。上手な日本語で、美人。
写真を送ったら、返事が来た。出身は黒龍江省だという。はるばる遠方まで、仕事のため単身赴任しているのだろうか?誠実な人。

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